21時入眠のブログ

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感想:聞こえない君の歌声を、僕だけが知っている。(松山剛)

聞こえない君の歌声を、僕だけが知っている。

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※ネタバレあるかも知れませんのでご注意を

1. 感想

あぁ、この作者の描く物語は本当に嫌いだ。
つまらなくて、ひどく苦しくなる。
どうしようもない現実の壁を見せつけられ、鬱屈な思いが雲のようにどんよりと頭の中を覆う。
そんな気分になるんです。

だけれども、私はこの作者が描く物語が大好きで。
おもしろくて、とても楽しくなる。
救いのない現実の中でも私たち人間とは救いを見いだせるんだ、という強くて優しい想いが胸から湧き出る。
そんな気分にもなるんです。

 

なぜ、そのような相反する気持ちになるのか。

不幸や絶望というものは劇的で、確定的なものであります。
例えば借金は簡単にできますが、簡単になくなるものではありません。途方も無い金額で返す宛もなければ、たかがお金で人生を圧し潰されてしまう人が今まで何人いることか。
また、お金がないから大学に入れないといった格差も確かに存在します。
そのような格差は人が夢を見ることすら許さないといった、脅迫や洗脳のような幻覚を与えます。

そして、救いというものは酷く曖昧で、掴みどころがないものです。

それでも確かに救いというものはあるし、それは錯覚で勘違いで気の所為で気の迷いかもしれませんが、でも確かに救われたと感じることができる。

暗い夜でも1つの星に安堵するような、愚かしさすら覚える救済。

1人で迷い震えている中、誰かが差し伸べた手に触れ、その体温を感じるだけでこみ上げてくる想いがあります。
それが人間なんですよね。
いや、もしかしたら人間だけではないのかもしれませんが。

 

恋する女の子は強いといいます。

それは恋や愛といったものがただの感情と一言で片付けられない何か、意志であり、強さであるからなんでしょう。

そして、女性は恋を前向きに、男から見れば暴力的なまでに、振り回せます。
最後の最後には、男は女に折れるようにできている生き物なのでしょう。

いや、男は言い訳や建前やどうしようもない事情や現実を頭から切り離すことができず、それでも想いというものは確かに存在するから、未練を断ち切れずに燻り続ける。

それに対して、そんな事情なんて知らずとも、男を振り回して捕まえて、その想いを真っ直ぐに伝える女性はなんと無神経でありながらも、輝いて見えるのか。

 

 

2. あらすじ

以下、ネタバレあるかもしれませんので、ご注意を。

 

『聞こえない君の歌声を、僕だけが知っている。』は、典型的なボーイ・ミーツ・ガールです。
両親を亡くした男子大学生エージが友人の勧めで「無声少女」の動画にハマります。無音であるはずのこの動画ですが、ある日、エージにだけ歌声が聴こえるようになります。
幻聴に悩まされたエージは、動画の少女に会えないかと手を尽くし、どうにか動画の少女と関係の有りそうな少女サクヤを見つけるわけですが、サクヤは動画なんて上げてなく”歌詞”を非公開でネットに上げていただけでして……。

 

この物語はSF的要素があり、非科学的なものです。
しかしそれはあくまでも物語の内容を伝えるための手段的装置であり、そこに物語の本質や中核はありません。
多分、ご都合主義的な展開がとにかく嫌いという方には合わないでしょうが、ありきたりであろうとも切実でやりきれない人間関係模様を好む人にはお勧めの作品ですので、是非お手にとって見てはいかがでしょうか?

 

 

3. 21時入眠的に愛してやまない台詞

あ い た い

 

これはもう、動画越しに声なき声で言った、サクヤのこの台詞で決まりでしょう。


サクヤは例えよくある話のありきたりな過去であろうとも、つらい過去を体験しております。そして、サクヤはエージの辛い過去を、苦しい思いを知っています。
なので、少なくともサクヤはエージが何の理由もなく音沙汰を切ったりしないとわかっているはず。
短い間の関係だし、ついこの間に知り合ったばかりであっても、サクヤはエージの人柄をわかっているはずです。
きっと、自分には話せない何かがあったんだ、と。
サクヤはそれを想像できないような人ではないでしょう。

 

それでも、彼女は会いたかった。

 

そして、サクヤは無声少女にも会いたかった。
例えほんの一瞬でも、サクヤは会って無声少女の声を聴きたかった。

エージ越しに聴く無声少女ではなく、ろくに話すことすらできずともサクヤは彼女の声を聴きたかった。

エージや無声少女に苦しみを背負わせてしまうかもしれない。

それでも、絆を断つ苦しみよりも、絆があるからこその苦しみをサクヤは選び、エージも選んだんでしょう。

エージが選び取れなかった未来を、サクヤはその手にした。

想いに勇気を乗せたその行動は、他ならないエージのお陰で、エージと引き合わせてくれた無声少女のお陰です。

皮肉で、ありきたりで、苦しくて、つまらなくて、救いなんて無いのに、その絆だけで満たされるんですから、人は単純です。

  

ではでは~。

 

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