感想:17歳のモンスター(田中宏昌
1.感想
少し前に『鳥葬』を読みましたが、それといい今回の小説といい、買ってから読み切るまで随分と時間を掛けてしまったなぁ。
『17歳のモンスター』、本当になんで買ったのか思い出せないのですが、これも多分、鳥葬の時と同じく、サイコホラーな小説にハマっていた頃だったと思います。
私が読みたかった物語とは違いますが、これはこれで何とも興味深くて、人間の脆さというか、危うさというものをよく噛みしめる事のできる話でした。
殺人などの、生命の危機を伴った明確な危険はないのですが、それゆえに厄介な立件の難しい犯罪、ストーカー。
この話は人がストーカーになっていく過程を、心理を、不快にならないくらいのテイストではありますが、生々しく想像させていくものでした。
高学歴で、成功体験ばかりを積み上げてきたエリートが恋愛や一目惚れをすると、ストーカーになりやすいというのはよくある話ですが、この話は違います。
誰もがストーカーに陥る心理の落とし穴があるんだ、そんな警告を受けた気分となりました。
特に片桐がストーカーになっていく描写は他人事とは思えず、自分の恋愛観を省みるいい機会でしたよ。
”ゲーム感覚”
男は特に気をつけなければならない感覚でしょう。
よく”男はいつまで経っても子供”とか”バカのまま”なんて言われますが、その最たる理由がこのゲーム感覚の心地よさ、楽しさを男は骨の髄まで刻み込まれているからだと思います。
ゲームに陥ると男は熱中してしまい、本当に周囲が見えなくなるものなんです。
ですが、女性にも似た感覚が存在すると思います。
それは”情報収集の快感”です。
女性は情報を収集することや共有するとに快感を得る生き物と言われています。
ショッピングなどは性差が特に顕著に表れますね。
男は買うものを予め決めておき、より短時間に終わらせることに喜びを感じますが、女性は様々な情報を得ることが快感であり、買い物もその場その場で考えていくため時間が長くなると言われています。
片桐と真子のストーカーのやり方にもこれと似たような差が生まれているのが実に面白い。
先述しましたが、片桐はゲーム感覚で真子に付きまとっていました。
そのため、彼は真子に定期的な連絡ができないことに焦りや怒りを覚え、真子からのメールが来れば目的を達成できたと喜びます。
対し、真子のストーカーは片桐のことをよく知ろうとしていきます。
最初は片桐を困らせることだったはずが、段々と彼の家のゴミを調べ始め、写真を撮っていき、彼を知ることに喜びを見出します。
まあ、男のストーカーも相手の情報を得ることに喜びますけどね。
なんにしても”喜ぶ”、”快感”がストーカーの心理の根源なのだと物語を通して訴えていると感じました。
それゆえに真子をストーカーから戻したのが佐知という、気心の知れた見ているだけで楽しい友人の存在でした。
ありきたりではありますが、人間関係の不思議さをよく描いた小説だと思います。
強く、個性的なキャラクターがいるわけではありませんが、それゆえに凡人である我々の世界の落とし穴。
その落とし穴に苦しみ、あるいは落ちたことに気付かずに相手を苦しめる。
でも、穴から出してくれるものまた築いてきた人間でなんです。
2.あらすじ
ファミレスでアルバイトをしている女子高生の真子は悩んでいた。
彼女は同じ職場のアルバイトマネージャーの五明と肉体関係を持った。
女子校育ちの真子としては、大学生でイケメンの五明という存在はとても眩しく見え、言い寄られて身体を許したのだが、そこから先の五明の真子に対する態度は一変して冷淡なものとなった。
遊ばれた。
ショックだった。
五明のことは信じていたし、初めて恋をした相手だ。
同じアルバイト仲間である佐知に相談したが、自分を馬鹿と言って憚らない彼女は悪い子ではないのだが、相談に対してあまりにも他人事だった。
自由奔放で、こんなつまらないことで悩まない佐知が羨ましい。
アルバイトを通して得た気の合う友人だが、五明のことを考えると今のまま仕事を続けられるとは思えない。
そのことを五明と同じアルバイトマネージャーで大学生の百恵に相談すると、五明が他の女性アルバイトにも同様のことをしていると知った。
心理学を専攻している百恵は配慮に優れ、人間関係の悩みに対してとても真摯に向き合ってくれる、理知に富んだ姉御肌の人物だ。
そんな百恵の後押しもあり、今後の職場のためにもと五明の女癖の悪さを店長の片桐にも相談した。
片桐は真子の仕事ぶりをよく見てくれている、頼りなくも信じられる店長だ。
しかし、片桐は片桐で多くの悩みを抱えていた。
五明は仕事がよく出来るので簡単に解雇にはできない。
百恵からはアルバイトたちのことを突き上げるように諌められ、調理担当のチーフは無駄に職人肌で何人ものアルバイトたちが辞めていく。
それだけじゃない。当然、本社から課されるノルマや仕事もあるのだ。
さらに、片桐はいわゆる逆玉であり、家や車などを妻の両親から買え与えられている。
彼の家庭内での立ち位置は低く、鬱憤の溜まる毎日だった。
片桐は五明に真子のことを忠告すると、五明は相変わらずのいい加減な態度だが”真子にはもう興味がない”と言う。
五明にとって”女とはヤルまでのゲーム”なのだ。もう”クリア”した真子は終わったゲームなので興味が失せている。
ふざけたやつ。
五明のことをそう認識ながらも、片桐は五明のことが羨ましかった。
まだ20歳そこそこで失うものが何もないからこそできる彼の言動。もう30歳にもなり、子供もいる自分には到底できない振る舞いだ。
だが、片桐もかつては五明のように振る舞っていた時期が確かにあった。妻の妊娠がなければ、まだ結婚なんてするつもりはなかったのだ。
そんな片桐の不満を見抜いているかのように五明は笑い、言う。
「店長もまだまだ現役なんだから楽しみましょう」
五明の一件で真子から信頼をされた片桐。彼の胸中にも、”ゲーム”の熾火が燻り始めた。
エスカレートしていく片桐のアプローチに真子は憔悴していき、再び百恵に相談すると、思いもしない”対処法”を授けられるが、それが真子を”17歳のモンスター”へと変えていきーーー。
3.21時入眠的に何とも言えない気持ちになった台詞
アタシもこれからどんどん真子に相談とかするから、真子もひとりで突っ走るのはやめて、相談してよ
”病気”となった真子が佐知と共に事故に遭い、入院を余儀なくされた真子に佐知が言った台詞です。
元々、真子は自信のない大人しい性格をしていて、何かあれば佐知なり百恵なりに相談する人間でした。
それが片桐への対抗策として自分ひとりの力で色々と解決できると気付き、考え方が過剰になっていき、固執していきます。
いつの間にか誰かに相談しなくなっていきました。
いや、佐知にはあまり相談していませんでしたねw
佐知は県内でも一番の低偏差値の高校に通っていることもあり、馬鹿であることを自称しています。
バイト終わり後にナンパされに行くとか、好みの客に明らかにサービスをし過ぎて引かれたりと、普段の素行も恋愛も非常に奔放に生きている女子高生です。
ただ、佐知は行動に起こす前に真子への相談をしていました。その相談に意味があったかはともかく、彼女いわく”馬鹿は馬鹿なりに考えている”と。
病気となっていった真子は自分の正当性を疑わないどころか、自分の考えを否定する人を”物分りの悪い人間”と判断していき、いつしか周囲へ話すことを辞めていきました。
自信がなく引っ込み思案だった真子が自分の力で色々な問題を解決できたことで、”自分の考えは正しいんだ”と思い込んでいったわけですね。
また、真子は奔放な佐知に憧れていました。
真子と違って佐知は自分ひとりで世界を開拓できる。それは自分にない能力だと真子は思い込んでいたわけですが、実は簡単にできるものなんだと知ってしまい、歯止めがかからなくなってしまった。
人間、自分ひとりで歯止めをかけるのは非常に難しいものです。
また、歯止めをかけられる人間というのも、実はとても難しい。
親や先輩、上司といった目上の人間ではなく、友達という対等な関係だからこそ歯止めの言葉がよく刺さります。
目上の人の言葉は一方的な正しさを感じるものですが、友達は違います。
対等な関係だからこそ、行動を怒られた時に本当の意味で省みられるんでしょう。
昨今、COVID-19によるソーシャルディスタンス関係なく、人間関係が希薄な現代人ですが、ある意味ではストーカー予備軍になりかねないわけですね。
案ずるより産むが易し。
やってみたら思っていたよりも簡単どころか、生涯の友を得られるかも知れません。
大人しい性格の真子がアルバイトに挑戦し、職場で佐知に出会えたように。
社会情勢が元に戻ったら、私もやりたかったことをひとつずつ潰していこうかなぁ。
こんなところで締めとします。
ではでは~。
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